遺産分割の効力については、2019年7月1日から、①婚姻期間20年以上の夫婦の一方から他方への特別受益について、「持ち戻免除の意思表示」を推定する制度、②遺産の分割前における預貯金債権の仮払制度、③遺産の一部分割、④遺産の分割前に処分された財産を遺産に含める制度の4つの制度が新たに適用されます。

このページでは、相続法の改正による遺産分割の効力に関して解説します。

遺産分割の効力の4つの改正

相続法の改正の遺産分割の効力に関しての内容は下記の4点です。

Ⅰ 婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、他方へ居住用不動産の遺贈などの、「持ち戻免除の意思表示」を推定する規定の創設 
Ⅱ 遺産の分割前における預貯金債権の仮払制度の創設
Ⅲ 遺産の一部分割が可能であることが明文化された。
Ⅳ 遺産の分割前に処分された財産を遺産に含める制度の創設

Ⅰ持ち戻免除の意思表示の推定制度の創設(民法903条4項)

まず、婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、他方へ居住用不動産の遺贈などをした場合、「持ち戻免除の意思表示」を推定する規定の創設について、ご説明します。

配偶者居住権の創設のところでも記載したように、今回の改正は、配偶者の死亡により残された他方配偶者の生活への配慮が一つの目的とされていました。

しかし、配偶者の相続分の引き上げについては、パブリックコメント等においても反対が多く、結局、断念されました。

その引き上げの代替案として、提出され、今回改正されたのが、この持ち戻し免除の意思表示の推定規定です。

共同相続人の中に、被相続人から、遺贈を受け、又は、婚姻等のため若しくは、生計の資本として贈与(特別受益)を受けた者(特別受益者)がいる場合は、原則として、その特別受益を相続財産の中に参入し、特別受益者が既に、その特別受益の評価額を相続しているとして、遺産分割が行われます(特別受益の制度)。

この特別受益の制度によれば、例えば、相続財産が4000万で、被相続人が、他方の配偶者に、生前、居住住居(価格:5000万円)を贈与した場合、贈与を受けた配偶者は、これ以上、相続財産をもらうことができなくなります。

しかし、高齢の配偶者の場合、生活費がなくなり、生活できなくなることがあります。

従前の特別受益の制度でも、被相続人が、特別受益者を特別扱いし、前記の生前贈与(或いは遺贈)を除外した残りの財産だけを相続財産として、特別受益者を含む共同相続人に法定相続分に従った分配をするとの意思を表示していれば(持ち戻免除の意思表示)、特別受益も相続財産から除外されましたが(民法903条3項)、そのためには、被相続人が生前贈与や遺贈の際に、持ち戻免除の意思表示を行うことが必要でしたが、このような意思表示を明確に行う人は大変少ない状態でした。

そこで、今回の改正では、民法903条4項として
① 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、
② その居住の様に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与したときは、
             ↓
当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示(=持ち戻免除の意思表示)したものと推定する

として、持ち戻免除の意思表示が推定されるという規定を新たに設けました。これにより、相続分を引き上げることなく、高齢の配偶者の生活保障を厚くできると考えられています。

いつから改正の効果が生じるか

この持ち戻免除の推定規定については、附則4条において、「施行日前にされた遺贈又は贈与については、適用しない。」とされています。

そして、施行日は、公布の日(平成30年7月13日)から起算して1年を越えない範囲内において制令で定める日から、効力を生じる(法律的には、「施行(セコウ)される」と言います。)ことになっていますので(付則1条)、平成31年(2019年)7月12日までの間で、政令で決められる施行の日以降にされた上記のような遺贈又は贈与については、持ち戻免除の意思表示が推定されることになります(具体的な日は、現時点(平成30年8月16日)では、決まっていません)。

今後の問題点

居住用不動産に該当するか否かの判断はいつを基準に行われるのか、贈与の対象が居宅兼店舗である場合、どの範囲で推定が働くのか等の論点が、今後、問題となります。

Ⅱ 遺産の分割前における預貯金債権の仮払制度の創設

2つ目の改正は、預貯金債権の仮払制度の創設です。

従前は、預貯金債権等は、相続開始と同時に当然に各相続人に分割承継されることから遺産分割の対象にならず、調停を申し立てても、相続人全員の合意がない限りは、調停の対象にならないとされていました。

その反面、相続人は、金融機関に対し、各々の相続分に応じた預金債権等の引出を請求することが、法律的には認められていました。

しかし、最高裁平成28年12月19日決定(民集70巻8号2121頁)(以下「平成28年決定」と言います。)は、今までの判例を変更し、普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、「いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当」としました。

平成28年決定の事案は以下のようなものです。

被相続人Aには、法定相続人XとYがいました。その法定相続分は各2分の1でした。Aは,不動産(マンションの1室及びその敷地の共有持分。評価額合計約258万円)のほかに預貯金債権(約4000万円)を有していました。それらの財産以外に、Yは、Aより約5500万円の特別受益を受けていました。Yは、Aの約4000万円の預貯金を遺産分割の対象とすることに合意していませんでした。

この場合、従前の判例の考え方だと、約4000万円の預貯金は、相続により、X Yに2000万円ずつ承継されることになり、残りの約258万円の不動産の分割だけが問題となり、これについては、Xの帰属とされます。しかし、Yは既に5000万円の特別受益を受けていることから、Yがさらに預貯金の半額である約2000万円の取得がもとめられるこの結果(X=2000万円の預貯金+283万円の不動産なのに対し、Y=特別受益5000万円+)が公平なものとは言いがたい点があります。

Xは、上告で「遺産の大半が預貯金で有り、かつ相続人の一部の者に特別受益が認められ、持ち戻計算をすれば、その相続人の具体的相続分が零になるケースでは、相続人の公平の観点から相続人全員の合意がなくとも預貯金を遺産分割の対象とすべきである」と主張していましたが、最高裁は、これを受けて上記のように、「いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当」と判断しました。

この平成28年決定より前から、相続法の改正は、議論されており、普通預金債権等の可分債権(性質上、分割が可能な債権)の遺産分割における取り扱いも争点とされていました。

この平成28年決定は、一般的に普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権についてのみ決定されたものであると解釈されています。そこで、相続法の改正においても、この決定を踏まえ、他の可分債権も遺産分割の対象に含めるかどうかが議論されましたが、その範囲を定めることが困難であることから、平成28年決定以上には、範囲を広げず、この点では、改正を行いませんでした。

しかし、この平成28年決定により、各相続人が金融機関に自己の相続分の預金等の引出を請求することができなくなりました。

そのため、遺産分割が行われるまでの間、被相続人の預金等から被相続人の医療費、葬儀費等も出すことができなくなる事態が生じるようになりました。そこで、新たに創設されたのが、これらの預貯金の仮払いの制度(家事事件手続法200条3項、民法909条の2)です。

この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、請求、金員を取得した相続人が遺産の一部の分割により、請求をした相続人が取得したとみなされます。

いつから改正の効果が生じるか

この預貯金の仮払いの制度については、附則5条1項において、「新民法909条の2の規定は、施行日前に開始した相続に関し、施行日以後に預貯金債権が行使されるときにも、適用する。」とされています。

そして、この場合の施行日は、公布の日(平成30年7月13日)から起算して1年を越えない範囲内において制令で定める日から、効力を生じる(法律的には、「施行(セコウ)される」と言います。)ことになっていますので(附則1条)、平成31年(2019年)7月12日までの間で、政令で定められる施行の日以降に、預貯金債権を個別の相続人が請求する場合に預貯金の仮払いの制度適用されることになります(具体的な日は、現時点(平成30年8月16日)では、決まっていません)。

今後の問題点

改正の問題点というよりは、平成28年決定により、預貯金債権等が「いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当」としたことから、生じた問題点ですが、相続人の債権者は、被相続人の預貯金債権(の相続分)を差押えできるか。

差押えができるとして、回収(取り立て)まですることができるか。あるいは、相殺はできるのか等の問題点がありますが、いずれも、今後の判例、実務の運用により定まることになります。 

Ⅲ 遺産の一部分割が可能であることが明文化

現在の法律では、遺産の一部分割について、明文の規定はありません。

むろん、相続人全員が同意した場合は、任意の話し合い或いは調停で、一部分割は可能ですが、裁判所る審判を行う場合に一部分割が認められるには、「一部分割をすることによって紛争の解決が早期に解決ができる場合」や、「一部の遺産について、範囲・評価に争いがあり、その審理に相当の時間がかかり、早い時期に全財産の分割審判ができないものの、一部分割をすることに合理性があり、その一部分割によって遺産全体についての適正な分割が不可能とならないような場合」であることが必要とされていました。

そして、さらに、「寄与分や特別受益の主張があり、寄与分や特別受益が具体的相続分に大きな影響を与えるような場合で、争いのある財産が高額で、他方、争いのない財産が少額の場合には、遺産全体についての適正な分割が不可能となるから、一部分割をすることは相当でない」とされています(以上、「」部分は、片岡武/菅野眞一編著「第3版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務」426頁以下)。

今回の改正により
① 共同相続人間の協議により、いつでも遺産の一部分割をすることができることが明文化される(民法907条1項)とともに
② 一部分割の協議がまとまらないとき、または協議することができないときは、各共同相続人は、家庭裁判所に対し遺産の一部を分割するよう請求することができる(民法907条2項)とされました。ただし、
③ 他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合は、一部分割の請求は、裁判所により、却下されることになります(民法907条2項但書)。

これらの改正は、いままで、例外的に認められていた一部分割をより、使いやすくするために行われました。

いつから改正の効果が生じるか

この一部分割の請求の制度については、附則第1条において、「この法律は、公布の日(平成30年7月13日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。」とされ、さらに、附則第2条で、「この法律の施行の日(以下「施行日」という)前に開始した相続については、この附則に特別の定めがある場合を除き、なお従前の例による。」とされています。

したがって、平成31年(2019)年7月12日までの期間で定められる施行日以降に生じた相続について、一部分割の請求が認められることになります(具体的な施行日は、現時点(平成30年8月16日)では、決まっていません)。

Ⅳ 遺産の分割前に処分された財産を遺産に含める制度の創設

平成28年決定以前は、預貯金はそもそも遺産分割の対象ではなかったことから、一部の相続人が預貯金を処分したことで、相続人間に不公平が生じたとしても、直接は遺産分割の問題ではないとされていました。

しかし、平成28年決定により、預貯金が遺産分割の対象とされたことから、この不公平も、遺産分割の中で解消する必要が出てきました。

そこで、民法906条の2に
第1項 (相続開始後)、遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる

第2項 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

と、新たに規定する改正を行いました。

この内、第1項は、いままでも、共同相続人の全員が同意すれば、相続財産に含めることができましたので、新しい効力としては、第2項で、財産を処分した相続人からは、同意を得る必要がなく、処分した財産が相続財産に含まれる点にあります。

相続人の一部が、遺産の分割前に財産を処分した場合、いままでは、その者に対する不法行為又は、不当利得による訴えによる解決しかありませんでしたが、今回の改正により、上記のように遺産分割の手続においても、調整する手続ができました。

いつから改正の効果が生じるか

この処分された財産を遺産に含める制度については、附則第1条において、「この法律は、公布の日(平成30年7月13日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。」とされ、さらに、附則第2条で、「この法律の施行の日(以下「施行日」という)前に開始した相続については、この附則に特別の定めがある場合を除き、なお従前の例による。」とされています。

したがって、平成31年(2019)年7月12日までの期間で定められる施行日以降に生じた相続から、認められることになります(具体的な施行日は、現時点(平成30年8月16日)では、決まっていません)。