遺言書に記載することにより法的効力を生じる事項は定められており、それ以外の事項は、法律上の効力はありませんが、解釈等には影響します。

複数の相続人が予定される場合は、遺言書により、紛争が生じないよう条項の法的効力等を理解した上で、作成することが必要です。

契約書と遺言書の違い

契約書の場合、当事者同士が合意すれば、法律の禁止・制限に違反するなどしない限り、その合意は、効力を持ちます。しかし、遺言に記載することにより法的効力を生じる事項は限定されており、法律上、以下のような事項とされています。

【民法において規定された事項】
① 認知(民法781条2項)
② 未成年者後見人の指定(民法839条)
③ 未成年後見監督人の指定(民法848条)
④ 推定相続人の廃除又はその取消し(民法893条、894条)
⑤ 祖先の祭祀主催者の指定(民法897条1項但書)
⑥ 相続分の指定・指定の委託(民法902条)
⑦ 特別受益者の持ち戻しの免除(民法903条3項)
⑧ 遺産分割方法の指定・指定の委託(民法908条前段)
⑨ 遺産分割の禁止(民法908条後段)
⑩ 相続人相互の担保責任の分担(民法914条)
⑪ 遺贈(民法964条)
⑫ 遺言執行者の指定・指定の委託(民法1006条第1項)
⑬ 遺留分減殺の順序・割合の指定(民法1034条但書)

【その他の法律により規定された事項】
⑭ 財団法人設立の意思表示(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条1項)
⑮ 信託の設定(信託法3条2項)       
⑯ 生命保険金受取人の変更(保険法44条1項)

法定事項以外の事項の記載の効果

しかし、遺言書には、上記の法定事項以外の事項についても記載されることが、多くあります。もっとも、法的効力がないからと言って、遺産分割に際して、その内容を無視してよいということではなく、円滑な遺産分割のためには、それらの条項における遺言者の意思も事実上尊重し、法定条項の解釈等にも反映させることになります。

法定事項の説明

ここではいくつかの法定事項について説明します。

(1) 認知(民法781条2項)

認知とは、父または母が婚姻関係外においてつくった子を自分の子であると認めることです。遺言書で、嫡出子でない子が認知された場合、遺言執行者が認知の届出を行うことになります(戸籍法64条)。

ほとんど、見かけない条項ですし、紛争回避の観点からも、遺言者の生前に認知を終了させていただきたいと思います。

遺言書で、いきなり別の相続人が明らかになるということですと、多くの場合、争いになります。争いになると、DNA鑑定等を行うことになりますが、親である遺言者は亡くなっていますので、その遺言者のDNAが病院等で残っていればそのDNAと当該子のDNAを比較するか、他の嫡出子の兄弟のDNAと比較して鑑定されることになりますが、いずれにせよ、紛争が長引くことも考えられます。

(2) 推定相続人の廃除又はその取消し(民法893条、894条)

推定相続人の廃除の条項は、遺言書に記載しないでいただきたい条項です。

推定相続人とは、相続が開始された場合相続人となる者のことです。推定相続人の廃除とは、法律上の条件(①被相続人に対して虐待をし、若しくは②これに重大な侮辱を加えたとき、又は③推定相続人にその他の著しい非行があったとき)がある時に、家庭裁判所に申し立て、推定相続人の持っている遺留分を含む相続権を剥奪する制度で、取消とは、排除を取り消す制度です。

相続させたくない者がいる場合、相続権を奪えることができそうでが、そのように都合良くはいきません。遺言書に廃除の規定があっても、それだけで、廃除の効力は生じません。

遺言執行者が、家庭裁判所に推定相続人廃除審判の申立を行い、上記の①被相続人に対して虐待をしたこと、②これに重大な侮辱を加えたとき、又は③推定相続人にその他の著しい非行があったときのどれかの条件の存在を立証し、廃除の審判を得なければ効果が生じません。廃除を申し立てられた相続人が争う場合には、多くの場合、廃除は認められないことになります。

例えば、遺言書に被相続人に対し当該相続人が虐待を受けた事実が記載されていても、相手の相続人が否定をすれば、遺言執行者は、その事実を立証しなくてはなりません。しかし、一番よくその事実を知っている遺言者は、亡くなっているため、証言してもらうことはできません。一定の暴行の事実が認められたとしても、それだけでは、「虐待」とまでは、認められないケースもあります。

もともと、被相続人の生前に推定増続人の廃除の申立をした場合でも、認められるケースは、非常に少ないのですが、遺言書で行われる場合は、さらに、その率は下がります。

せめて、生前に推定相続人廃除の申立を行うか、もっといいのは、遺留分に配慮等して遺言書を作成いただく等の方策をとっていただくことなどだと思います。
     

(3) 相続財産に関する条項

相続財産に関する事項として、①遺贈、②相続分の指定、③遺産分割方法の指定の3つを説明します。遺言書の中では、相続財産をどのように分割するかが一番の問題となります。しかし、前記のとおり、遺言者に記載した場合に法的効果が発生する事項は限定されており、基本的には、この3つということになります。遺言書に記載されている条項が、この3つの事項のどれか(複数の事項が1つの条項に含まれていると解される場合もあります)。
いろいろな視点から、今後も、この3つについては、説明を追加することになると思いますが、ここでは、まず、概要を説明します。

ア 遺贈(民法964条)

遺贈とは、遺言者が遺言によって、無償で自己の財産を他人に与える 行為です。ですので、例えば、ストレートに、遺言書に記載すると、「A(人)には、B(財産)を遺贈する。」ということになります。しかし、現在の遺言書では、このAが、相続人の場合は、「遺贈する。」とはせず、「相続させる。」とするのが、一般で、「遺贈する。」と記載するのは、相続人以外の第三者に遺贈する場合に限られると言ってよいと思います。

これは、「遺贈する。」と「相続させる。」を比較すると、
① 「遺贈する。」場合は、不動産の所有権移転登記手続において他の共同相続人共同で申請しなければならない(不動産登記法60条、昭和33年4月28日民事甲779豪民事局長通達)のに、「相続させる。」旨の遺言の場合には、受益者である相続人が単独で申請できること(不動産登記法63条2項、昭和47年4月17日民事甲1442号民事局長通達)
② 不動産の登記をする場合の登録免許税が、かつて、「遺贈する」の場合は、不動産価格の1000分の25だったのが、「相続させる。」旨の遺言の場合は、1000分の6であったこと(しかし、これについては、平成15年4月1日から施行された登録免許税の改正により、同率となりました。)
③ 遺産が借地権又は賃借権の場合、「遺贈する。」の場合は、賃貸人の承諾が必要ですが(借地借家法19条、民法612条1項)、「相続させる。」旨の遺言の場合は、賃貸人の承諾は不要となります。       

のように、「相続をさせる。」旨の遺言の方が、「遺贈する。」の遺言よりも、メリットが大きいことから、普通に使われるようになりました。そこで、「相続をさせる。」と記載されていても、どのような場合が遺贈にあたるかが問題となることになりました。ただ、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁)は、「遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合」「遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない」としていることから、「相続をさせる。」旨の遺言において、遺贈と解釈されるのは、例外的場合とされるようです。
 

イ 相続分の指定(民法902条)

相続分の指定とは、共同相続人の中の一定の者の相続分について法定相続分と異なった割合を定める事項のことです。

全遺産の2分の1とか3分の1とか相続財産全体に対する割合で記載されている場合はわかりやすいですが、相続分を越える価値の特定の財産(不動産)を特定の相続人に相続させるという記載の場合、相続分の指定と、後記の遺産分割方法の指定、または遺贈の事項が重なって一つの条項に含まれていると解釈することになります。

前記の全遺産の2分の1とか3分の1とか相続財産全体に対する割合で記載されている場合は、遺言者は、特段の事情がない限り、相手に対し自己の相続財産全体からその指定した割合による価値相当額を取得させることを意図しているのであり、個々の具体的財産それぞれについて指定割合に応じた共有持分を取得させることを意図しているとは考えられないことから、遺産の具体的な分割方法は、遺産分割の手続により決定されることを予定していると解釈され、一般的な所有権の共有ではなく、相続による共有と解釈されることになります。

ウ 遺産分割方法の指定(民法908条前段)

遺言者は、遺産分割の方法を指定することができます。
遺産分割の方法には、法律上、協議分割、調停分割、審判分割がありますが、遺言によって、これ以外あるいは、これらの手続における基準等を定めることができます。

①現物分割にするか、代償分割にするか、換価分割にするか、又はこれらの組み合わせで分割するかを指示する指定(手段の指定)、②会社の株式は長男の相続とし、その他の遺産は他の相続人に分割するなど指定する方法(分割の方針の指定)、③「A不動産を処分し、それで、負債を完済し、残余財産を共同相続人間で分配せよ」など、債務の清算等を内容とする方法(清算の指定)などがあります。

①②の場合は、相続人間の協議、調停、審判を行うことが予定されています。これらの指定は、調停の形成指標、審判の判断の基準となることで、協議において共同相続人間も事実上拘束します(全員の合意で変更することは可能)。
③の場合は、遺言執行者がいる場合は、指定を執行することになり、遺言執行者がいない場合は、①②と同じように、相続人間の協議、調停、審判を行うことになり、指定は、調停の形成指標、審判の判断の基準となります。さらに、この場合、A不動産は、換価分割されることになります。

加えて、遺産分割方法により、④A遺産は長男に、B遺産は長女に相続させるなど財産の帰属を直接きめる指定(財産の帰属の指定)のように、相続財産の帰属の指定も可能です。前記最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁)が出る前は、遺産分割方法の指定は、上記のように、相続人間の協議、調停、審判を拘束する基準として、機能するだけであり、指定で権利移転の効力が生じるものではないとされていましたが、上記判決が「相続させる」旨の遺言は、その性質としては遺産分割方法の指定であり、しかも、それ自体に権利移転の効力を認めたことから、遺産分割方法の指定であっても、権利移転の効力が認められる場合があることになりました。