相続人は、相続の開始を知った時から3ヶ月以内に、①相続財産・債務を相続する(単純承認)、②相続財産・債務を相続しない(相続放棄)、又は、③相続財産の限度で債務の負担を受け継ぐ(限定承認)のどれかを選択しなくてはなりません。ただし、相続財産を処分した場合は、単純承認となるので、注意が必要です。
このページでは、単純承認・相続放棄・限定承認に関して解説いたします。
相続についての民法
相続について定めた民法では、被相続人の死亡により、原則として、一切の権利義務が相続人に、法律上に当然に帰属するとした上で、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、
①相続人が被相続人の財産全部について権利義務を受け継ぐの か(単純承認)、
②相続人が被相続人の権利や義務を一切受け継がないのか(相続放棄)、
③相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐのか(限定承認)
を選択することとしています。
単純承認(たんじゅんしょうにん)とは
単純承認とは、預貯金などのプラスの財産と、借金や負債などのマイナスの財産など、すべてを承継することです。
相続放棄とは
単純承認に対し相続放棄とは、相続を拒否し、相続人となることを拒否することです。
限定承認(げんていしょうにん)とは
そして、限定承認とは、相続する財産の中に、預貯金や不動産などのプラスの財産と、借金などの債務を含むマイナスの財産があった場合に、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を相続し、この範囲を超えるマイナスの財産については相続しない方法です。
相続放棄、限定承認を行うためには、家庭裁判所で、手続を行う必要があります。
家庭裁判所で相続放棄や限定承認の手続をしないで、相続の開始があったことを知った時から3ヶ月を越えますと単純承認となります(民法921条2項)。
相続放棄・限定承認の司法統計
裁判所の司法統計による相続放棄・限定承認の近年の年ごとの全国の申立数は、下記のとおりです。
平成23年 | 平成24年 | 平成25年 | 平成26年 | |
---|---|---|---|---|
相続放棄 | 166,463件 | 169,300件 | 172,936件 | 182,089件 |
限定承認 | 889件 | 833件 | 830件 | 770件 |
これに対し、厚生労働統計のHPによると、平成26年の全国の死亡者数は、127万3004人ということですので、平成26年を例にとると
死亡者数127万3004人 - 相続放棄18万2089人 - 限定承認770件
=109万0145人
と、財産(債務も含め)がなく相続がない方、相続人がない方も含まれているにせよ、大部分の相続は、単純承認によることがわかります。
単純承認になってしまう注意点
積極財産に比べ多額の債務がある場合は、相続放棄や限定承認を用いることになります。
しかし、注意していただかなければならないのは、相続の開始があったことを知った時から、3ヶ月以内であっても、
相続人が、相続の全部または一部を処分した時は単純承認となってしまいます。ただし、保存行為等は除かれます(民法921条1項)。
したがって、被相続人が亡くなった後に相続人が被相続人の口座からお金を引き出して、自分のために使用した場合や、不動産、動産等の財産を売却した場合は、これに該当することになります。
しかし、被相続人の口座から引き出したお金を、被相続人の家屋の修繕費等に充てた場合は、その程度・目的にもよりますが、保存行為として、該当しないと判断されることも多くなります。
なお、相続財産の処分をしたことにより、単純承認となるのは、「相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要する」とされています(最判昭和42年4月27日民集21巻3号741頁)。
また、相続人が、限定承認または相続放棄をした後に、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私的に消費し、または悪意で財産目録に記載しなかった時(民法921条3項)も、単純承認となってしまいます。
これらの事由のようにその事由があれば単純承認となると法律が定めている事柄を法定単純承認といいます。
このように法律が定めているのは、相続財産の処分には単純承認の意思が含まれると考えられるし、第三者から見ても単純承認があったと信ずるのが当然と考えられることによります。また、相続財産を隠すような背信的行為をした場合には、相続人を保護する必要がないからです。
したがって、上記のような行為を行った後に、相続放棄や限定承認を行っても、民法上は、無効となることになります。
といっても、相続放棄を認める手続とその無効を判断する手続は別となり、家庭裁判所で、相続放棄や限定承認が認められた後、被相続人の債権者は、相続人に対し、当該債権に基づき支払いを請求する訴訟を提訴し、この中で、事実を主張し、相続放棄・限定承認の無効が争われる等の形をとることになります。
生命保険の保険金の受け取り
よく聞かれる質問としては、生命保険の保険金の受け取りが、相続財産の処分にあたるかどうかです。
被相続人が、被保険者を本人、相続人の兄を受取人とする生命保険契約を締結していた場合、被相続人の死亡により支払事由に該当する出来事が発生したことになります。
そこで、兄が手続をして、生命保険金を受領した場合、このことは、前記の相続人が、相続の全部または一部を処分した時にあたり、単純承認となってしまうのでしょうか。
この質問の回答としては、生命保険金の受領は前記には当たらず、受領しても単純承認とはなりません。
これは、生命保険金は、相続により発生するのではなく、保険契約という契約により発生するものであるため、被相続人の財産(相続財産)ではなく、受取人である兄の固有の財産とされるからです。
ただ、注意いただきたいのは、生命保険の受取人が兄(特定の誰か)である場合です。
受取人が本人という場合は、被相続人の死亡により生命保険金は発生しますが、本人は死亡していますので、法定相続人が相続するということになります。
ですから、保険金を相続人が請求し、受領すると前記に該当し、単純承認ということになってしまいます。
そうなると多額の借金があった場合も相続することになってしまいます。