1ヶ月ほど前、祖父が亡くなりました。祖父の相続人は、私の母とその弟である私から見れば叔父の2人です。祖父の遺産は、その自宅である土地・建物(時価4000万円)と現金・預金1000万円です。

亡くなる前10年間、祖父は寝たきりで、母が一人で介護をしている状態でした。最後の5年間、入院した際も、母が1人で付添看護をしていました。この間、叔父は、何もしませんでした。

1年前、入院中の祖父は、母に対し、「いままで本当によく世話を見てくれた。」と述べ、母に便箋とボールペンを出してもらい、ベットに寝たまま、自宅の土地・建物を母に、1000万円の現預金を叔父に遺贈する内容の「遺言書」と記載された書面を作成し、署名・捺印の上、母に渡しました。
母は、大変喜び、もらった以上は、祖父の自宅は大事に使っていく旨を、祖父に伝えました。

祖父が亡くなり、母が叔父に上記の書面を見せたところ、日付が書いていないことから、(自筆証書)遺言書としては無効だと言われてしまいました。

この書面は遺言書としては無効なものなのでしょうか。また、全く効果がなく、介護をした母は、何もしていない叔父と同じだけしか祖父の遺産を引き継げないのでしょうか。
※相続税等の税金の問題については、本稿では、扱いません。

遺言書は、遺言を作成する遺言者が自分だけで作成することにより、法律効果を相続人などの第三者に及ぼせる単独行為であることから、法律で、さまざまな様式(要件)が決まっており、この要件に従わない遺言書は無効となります。

設問で祖父が作成した遺言書は、遺言者が自筆で作成する自筆証書遺言(自筆証書遺言)です。

自筆証書遺言は、自筆による日付、署名の記載と捺印が法律上必要とですので、日付が記載されていない設問の遺言書は、遺言としての効力を持たないことになります。

では、このような無効な遺言書はどのような場合に効力を有するのでしょうか。

このような無効な遺言書の作成行為であっても、死因贈与(しいんぞうよ)と認めることができる場合は、その遺言書に記載されていた効力が発生します。

死因贈与とは、財産をあげる人(贈与者)ともらう人(受贈者)の合意(契約)に基づく贈与で、贈与者が死亡したときに贈与の効力が生じる(条件がついた)契約です。

つまり、本件で言えば、祖父が死ねばその自宅を母に与えるというのが、祖父の遺言としては無効であるにしても、祖父と母の話し合いによって、祖父の死亡を条件とする贈与契約(死因贈与)が成立しているのでないかという問題です。

この問題を、「無効な遺言の死因贈与への転換」といいます。

無効な遺言書がある場合に死因贈与を認めた裁判例としては、名古屋高裁金沢支部昭和30年2月28日判決(最高裁判所民事判例集11巻5号739頁)、広島高裁平成15年7月9日判決(判例秘書L05820618)、東京地裁昭和56年8月3日判決(判時1041号84頁外)、広島家裁昭和62年3月28日審判(家月39巻7号60頁)、水戸家裁昭和53年12月22月審判(家月31巻9号50頁)等があります。

また、死因贈与の成立を否定した裁判例も、前記の「無効な遺言の死因贈与への転換」を一般的に否定したものではなく、当該事案では、死因贈与を認められないとしたものです。

というのは、死因贈与は契約である以上、贈与者の生前に、① 贈与者から受贈者への贈与の申し込みと② 受贈者から遺贈者への承諾による契約の成立がなければなりません。死因贈与契約の成立を否定する裁判例は、①又は、②あるいは双方がないことから、死因贈与の成立を否定しています。

例えば、仙台地裁平成4年3月26日判決(判タ808号218頁以下外)は、自署されていないことから無効な自筆証書遺言書が、遺言者が死亡するまでの約6年8ヶ月の間、知人に預けられ、死因贈与の受贈者と主張する者は、遺言書が開示された遺言者の葬儀の日まで、遺言書を見る機会がなかったことから、①②がないとして、死因贈与の成立を否定しています。

また、東京地裁令和4年4月27日判決(判例秘書 L07731267)は、日付が不特定なことから無効な自筆証書遺言書について、その遺言書には、3人の相続人の1人(原告)に全ての不動産を、後の2人(被告)には現預金を按分して相続させることが記載されていたのに対し、原告の主張する死因贈与は、遺産の全部を一端、原告が相続した上で、現預金を被告らに均等に交付するというもので、遺言書の記載する内容と原告の主張する死因贈与の法的性質にかなり差異があることなどから、①及び②がないとして、死因贈与契約の成立を否定しています。

本設問の場合は、祖父の生前に、「母に便箋とボールペンを出してもらい、ベットに寝たまま、自宅の土地・建物を母に、1000万円の現預金を叔父に遺贈される内容の「遺言書」と記載された書面を作成し、署名・捺印の上、母に渡し」ており、死因贈与の申し込み(①)があります。また、「母は、大変喜び、祖父に、もらった以上は、祖父の自宅は大事に使っていく旨を、伝え」たということから、承諾による契約の成立(②)もあることになりますので、死因贈与契約の成立が認められると考えられます。

なお、仮に死因贈与が認められたとしても、叔父さんには遺留分侵害額請求権があることになりますので、その対応はする必要があります

このような案件は、とても、一般の方が扱える事件でなく、相続に強い弁護士に相談されることをおすすめします。

また、そもそも、設例、裁判例の事案でも、遺言書を作成する際に、日付等の条件を満たしていれば、遺言書として、そのまま効力を発生していたので、そうであれば、訴訟等して争わなくても、望んだ結果が生じたのです。

このように、遺言書の作成についても、相続に強い弁護士にご相談下さい。