中小企業の社長の平均年齢は、2025年で60.8歳となり、35年連続で過去最高を更新しました。60歳以上の社長が52.6%を占めています(帝国データバンク「全国『社長年齢』分析調査(2025年)」)。2025年版中小企業白書も、中小企業の経営者年齢の水準は依然として高く、60歳以上の経営者が過半数を占めていると指摘しています。
他方、後継者不在率は50.1%と過去最低となりました(帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」)。事業承継は進みつつありますが、その就任経緯をみると、同族承継は32.3%にとどまり、内部昇格(36.1%)を下回っています。
経営者の世代交代が進むということは、同時に、株主の世代交代が進むということでもあります。相続によって株式が分散することを防ぐ必要性は、これまで以上に高まっています。
上場していない会社の大部分は、その発行する株式の全部を譲渡制限株式としています。しかし、定款で株式の譲渡を制限しても、株主が亡くなり、その相続人が株式を取得することを防ぐことはできません。
譲渡制限株式についての譲渡等承認請求の制度(会社法136条、137条1項)は、株式を「譲り渡そうとするとき」、すなわち売買や贈与などの特定承継を対象とするものであり、相続・合併などの一般承継による取得には及ばないからです(一般承継人が会社の承認なく株主名簿の名義書換を請求できることにつき、会社法134条4号参照)。
そのため、経営に関与していない少数株主が亡くなると、会社と何の面識もない相続人が、そのまま株主となります。相続人は、相続税を課される一方で株式を現金化できないため、買取業者に株式を売却してしまうこともあり、紛争が表面化しやすくなります。
そこで、相続によって株式を取得した者が会社にとって好ましくない者であった場合に、会社が強制的にその者の株式を取得できる制度を設けてほしいという要望が、1970年代半ば(昭和50年代)頃から中小企業団体によって繰り返し述べられてきました。
この要望は、1986年(昭和61年)5月に法務省民事局参事官室が公表した「商法・有限会社法改正試案」に、相続等による株式の移転があったときは一定の期間内に総会の決議で指定した者がその株式の売渡しを請求できる旨を定款で定めることができる、という形で盛り込まれ、約20年の歳月を経て、2005年(平成17年)に成立した会社法174条として実現しました(以上、奥島孝康ほか編「新基本法コンメンタール会社法1【第2版】」339頁以下[大野正道])。
これが、これまでの記事で説明した合意による株式の取得と並ぶ少数株主対策、相続人等に対する売渡しの請求(会社法174条〜177条。以下「売渡請求」といいます。)です。
中小企業庁も、「経営者のための事業承継マニュアル」28頁において、経営権の分散を防止するための手法の一つとして、「10 相続人等に対する売渡請求(会社法第174条)」という項目を設け、「あらかじめ定款に定めておくことで、自社株式が相続や合併等で移転した場合、会社は自社株式の新たな所有者に対し、会社へ自社株式を売り渡すよう請求することができます。」と紹介しています。平成18年の会社法施行後、定款を会社法に対応させる際にこの規定を追加した会社も見られると指摘されています(加藤真朗編著「株主管理・少数株主対策ハンドブック」188頁)。
ところが、この制度には、定款に規定を置いておくと、オーナー社長が亡くなったときに、後継者が相続した株式を会社に買い取らせる決議が成立し得るという問題があります。上記の中小企業庁のマニュアル28頁も、この点に「要注意!」の注意書きを付けています。
そこで、以下においては、Ⅰ 制度の内容、Ⅱ 制度を使うための要件、Ⅲ 売渡請求の手続の流れ、Ⅳ 財源規制、Ⅴ オーナー社長に相続が発生した場合の危険、Ⅵ その危険が現実化する場面は限られること、Ⅶ 代替策、Ⅷ 特別支配株主の株式等売渡請求との違い、Ⅸ 相続人の側から見た留意点の順に、説明していきます。
【事例1】
甲社の発行済株式総数は500株です。甲社の代表取締役として経営しているAは甲社の株式を300株、Bは100株、C及びDは30株ずつ、E及びFは20株ずつ所有しています。甲社の株式は、すべて譲渡制限株式です。このたび、少数株主のCが亡くなり、Cの相続人は、妻G、長男H及び二男Iの3名となりました。G、H及びIは、いずれも甲社の経営に関与しておらず、Aとも面識がありません。
Ⅰ 相続人等に対する売渡請求とは
相続人等に対する売渡請求とは、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対して、会社が、その株式を会社に売り渡すよう請求することができる制度(会社法174条~177条)です。
上記の条文の内、最初の会社法174条は「請求することができる旨を定款で定めることができる」という定款の定めを認める規定であり、実際に請求権の根拠は会社法176条1項です。定款の定めを置いた上で、株主総会の決議(会社法175条1項)を経て、はじめて請求ができることになります。
【事例1】でいえば、甲社が、Cの相続人であるG、H及びIに対して、Cが持っていた30株を甲社に売り渡すよう請求する、ということになります。
この請求を受けた相続人の側に、これを拒む自由はありません。会社が請求をすれば、それだけで、会社と相続人との間に、その株式についての売買契約が成立したものとされます。相続人の同意は、要件とされていません。
その趣旨は、株式の譲渡制限が、会社にとって好ましくない者が株主となることを防ぐための制度であるにもかかわらず、相続・合併といった一般承継にはその譲渡承認の手続が及ばないため、この穴を埋め、非公開会社の事業承継等を円滑に進めることにあります。
なお、この制度により会社が取得するのは自己株式ですので、前回の記事で説明した自己株式の取得についての規制のうち、財源規制(会社法461条1項5号)を受けることになります(後記Ⅳ)。
Ⅱ 制度を使うための3つの要件
この制度を使うためには、次の3つの要件を満たすことが必要です。
① 相続その他の一般承継により取得された株式であること
② 譲渡制限株式であること
③ 売渡請求ができる旨の定款の定めがあること
① 相続その他の一般承継により取得された株式であること
対象となるのは、相続のほか、包括遺贈、合併といった一般承継によって取得された株式です。売買や贈与などの特定承継による取得は、譲渡等承認請求の対象となりますので、この制度の対象にはなりません。
なお、遺言により特定の株式を「相続させる」との特定財産承継遺言による取得であっても、相続による取得として、この制度の対象となります。
② 譲渡制限株式であること
この制度は、好ましくない者が株主となることを防ぐための措置ですので、その対象は譲渡制限株式に限られます(会社法174条括弧書)。
③ 売渡請求ができる旨の定款の定めがあること
この制度は、定款に定めを置いている会社しか使うことができません。定款に次のような規定を追加することになります。
(相続人等に対する売渡しの請求)
第○条 当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。
この定款変更には、株主総会の特別決議が必要です(会社法466条、309条2項11号)。
それでは、相続が起きてしまった後に、あわてて定款を変更して売渡請求をすることはできるのでしょうか。この点について、立案担当者は、会社法の条文上の制限はないことから可能としており(相澤哲ほか編著「論点解説 新・会社法」162頁)、実務の取扱いもこれに従っています。
しかし、相続人にとって不意打ちとなり許されないとの見解(山下友信編「会社法コンメンタール(4)」[伊藤雄司])もあり、解釈が分かれています。この点を正面から判断した裁判例は見当たりませんので、相続発生後に定款変更を行って売渡請求をする場合は、裁判で争われ紛争化するリスクを覚悟しておく必要があります。
Ⅲ 売渡請求の手続の流れ
実際に売渡請求をする場合の手続は、
1 株主総会の特別決議(会社法175条1項)
2 相続人等に対する売渡請求(会社法176条1項)
3 売買価格の協議(会社法177条1項)
4 裁判所に対する売買価格決定の申立て(会社法177条2項)
5 裁判所による売買価格の決定(会社法177条3項、4項)
という流れになります。以下においては、この1〜5について説明します。
1 株主総会の特別決議(会社法175条1項)
会社が売渡請求をするためには、その都度、株主総会の特別決議によって、次の事項を定めなければなりません(会社法175条1項、309条2項3号)。
① 売渡請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
② ①の株式を有する者の氏名又は名称
「その都度」とされていますので、将来の売渡請求をあらかじめ包括的に決議しておくことはできません。
【事例1】では、Cの遺産分割が終わっていない場合、Cの30株はG、H及びIの準共有となっています。この場合は、相続人3名全員を対象株主として決議しておくことになります。他方、遺産分割が成立して特定の相続人が株式を相続することが確定している場合は、その者のみを対象とすることになります。
なお、株式が準共有の状態にある間は、相続人らは、権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則として株主としての権利を行使することができません(会社法106条。最判平成2年12月4日民集44巻9号1165頁)。会社としては、相続人の範囲や住所を確認するため、あらかじめ戸籍関係書類を取得しておく必要があります。
また、準共有者の一部の者のみを対象として、その持分割合に応じた株式の数を定めて売渡請求をすることも認められています(東京高判平成24年11月28日資料版商事法務356号30頁。同判決に対する上告及び上告受理の申立ては、いずれも斥けられています。ただし、同事件は共同相続ではなく、遺留分減殺請求権の行使によって株式が準共有となった事案です。)。
相続人が取得した株式のうち一部の株式数についてのみ売渡請求をすることも、可能と解されています。会社法175条1項1号が決議事項として「請求をする株式の数」を定めるものとしていることが、その根拠です。
そして、この決議には、次の制約があります。
売渡請求の相手方となる株主は、この株主総会において、議決権を行使することができません(会社法175条2項本文)。そして、特別決議の定足数は「当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権」を基礎として計算されますので(会社法309条2項柱書)、その株式は定足数の計算からも外れることになります。
【事例1】でいえば、G、H及びIは、Cの30株について議決権を行使することができず、A、B、D、E及びFの470株を基礎として決議が行われることになります。
この議決権の排除は、少数株主の相続の場面では会社にとって都合のよい規律ですが、後記Ⅴのとおり、オーナー社長に相続が発生した場面では、後継者の議決権が排除される結果となります。
なお、相手方以外の株主の全部が議決権を行使することができない場合は、例外として、相手方も議決権を行使できます(会社法175条2項ただし書)。もっとも、このただし書がどのような場合を想定しているのかは明らかでないとの指摘があります(前掲・新基本法コンメンタール会社法1【第2版】342頁[大野正道])。
また、議決権を行使することができない相手方に対して株主総会の招集通知を発する必要があるかについても、見解が分かれています。会社法298条2項括弧書及び299条によれば通知は不要とも解されますが、この点を明示した裁判例はなく、招集通知を要するとの見解も学説上存在します(中村信男「譲渡制限株式の売渡請求制度と判例に見る問題点等の検討」早稲田商学438号283頁)。招集通知を発しなかった場合、株主総会決議取消しの訴え(会社法831条1項1号)において招集手続の法令違反を主張される余地が残ります。招集通知を発しておけば、この争点は生じません。
2 相続人等に対する売渡請求(会社法176条1項)
会社は、上記1の決議に基づいて、実際に相続人等に対して売渡請求をします。請求に当たっては、請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしなければなりません(会社法176条2項)。
この請求には、期間制限があります。条文は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、売渡請求をすることができない、という形になっています(会社法176条1項ただし書)。
この1年の起算点は、遺産分割によって株式の取得者が確定したことを知った日ではなく、条文どおり、相続そのもの(株主の死亡)があったことを知った日であるとされています(東京高決平成19年8月16日 資料版商事法務285号146頁。同旨、東京地決平成18年12月19日同154頁。ただし、同地裁決定は、包括遺贈のように会社が容易に知ることができない特段の事情がある場合には例外的に別個の考慮を要する旨を付言しています。)。
遺産分割の協議が長引いている間に1年が経過すると、売渡請求はできなくなります。相続の事実を知ったら、遺産分割を待たずに、期間内に手続を進める必要があります。
請求の方法について、法律上、書面によるべきなどの定めはなく、口頭で伝えても請求として有効です。しかし、いつ請求をしたのかが後日争われた場合に証明できませんので、実務上は、内容証明郵便によって、その内容と請求の時期が明確になるように行うのが通常です。
また、会社は、この売渡請求を、いつでも撤回することができます(会社法176条3項)。後記Ⅳの財源規制に抵触することが判明した場合や、想定より買取価格が高額になる見込みとなった場合に、撤回が検討されることになります。
3 売買価格の協議(会社法177条1項)
売渡請求がされると、まず、会社と相続人等との協議によって、株式の売買価格を決めることになります(会社法177条1項)。
4 裁判所に対する売買価格決定の申立て(会社法177条2項)
協議が調わない場合、会社又は相続人等は、売渡請求があった日から20日以内に、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法177条2項)。
協議が調わず、かつ、20日以内にどちらからも価格決定の申立てがされない場合には、売渡請求は、その効力を失います(会社法177条5項)。売渡請求をした会社が申立てをしないまま20日を経過すれば、株式は相続人の手元に残ることになります。
譲渡等承認請求の場合には、売買価格の決定の申立てがされないときは1株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が売買価格となります(会社法144条5項)。譲渡等承認請求では申立てがなくても売買価格が決まるのに対し、売渡請求では請求自体が失効します。
5 裁判所による売買価格の決定(会社法177条3項、4項)
申立てを受けた裁判所は、売渡請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮して、売買価格を決定します(会社法177条3項)。この場合は、裁判所が定めた額が売買価格となります(同条4項)。
非上場会社の株式には取引相場がありませんので、どの評価方法によるかで価額が変わります。会社側が想定していた配当還元価額ではなく、純資産価額や収益還元法などに基づく価額が算定されることがあります。また、この制度による取得は会社の一方的な請求により株主の地位を奪うものであることから、支配権の移動を伴う場合には支配権プレミアムに相当する部分も考慮すべきとの指摘がされています。
したがって、売渡請求をするかどうかを決める前に、公認会計士等の専門家に買取価格を試算してもらい、裁判所の決定になった場合にいくらまで支払うことになるのかを見積もっておく必要があります。
Ⅳ 財源規制との関係
売渡請求による株式の取得は、自己株式の取得の一種ですので、買取価格の総額が分配可能額を超えてはならないという財源規制に服します(会社法461条1項5号)。
分配可能額を超える場合、会社は株式を取得することができません。上記Ⅲのとおり、裁判所の決定によって買取価格が想定を超える可能性がありますので、財源規制に違反しないよう、事前に価格を試算した上で売渡請求をするかどうかを判断し、必要があれば撤回を検討することになります。
Ⅴ オーナー社長に相続が発生した場合-後継者の議決権が排除されること
ここまでは、少数株主に相続が発生した場合の話です。しかし、この制度は、株主全員に対して適用される制度ですので、経営株主であるオーナー社長に相続が発生した場合にも、そのまま適用されてしまいます。
【事例2】
次に、上記の【事例1】の甲社において、Cの相続がなかったものとして、代表取締役のAが先に亡くなった場合を考えてみます。甲社の定款には、相続人等に対する売渡請求の規定が置かれていました。Aの300株は、Aが後継者と考えていた長男Xが相続しました。しかし、B、C、D、E及びFは、かねてからXの経営者としての資質に疑問を持っており、自分たちこそが会社を成長させてきたと考えていました。
この場合、甲社の株式は、Xが300株、Bが100株、C及びDが30株ずつ、E及びFが20株ずつとなります。Xは、発行済株式総数500株のうち300株、すなわち議決権の60%を持っていますので、通常であれば、Xの意思に反する決議が成立することはありません。
ところが、Xに対する売渡請求を決議する株主総会においては、Xは、売渡請求の相手方として、議決権を行使することができません(会社法175条2項)。Xの300株は、定足数の計算からも外れます。
その結果、この株主総会で議決権を行使できるのは、B、C、D、E及びFの合計200株だけということになります。仮に5名全員が出席すれば、定足数は満たされ、特別決議の成立には200株の3分の2である134株以上の賛成があれば足ります。
したがって、B(100株)、C(30株)及びD(30株)の3名が賛成すれば、合計160株となり、Xが相続した300株を甲社が買い取る旨の特別決議が成立してしまいます。
つまり、Aが後継者と考えていたXが、Aの死亡を契機として、少数株主によって会社から排除されてしまうのです。これが、この制度に内在する、いわゆるクーデターの危険です。
前記のとおり、中小企業庁の「経営者のための事業承継マニュアル」28頁も、この点について「要注意!」として、「売渡請求をうけた株主(後継者)は利害関係者として、売渡請求にかかる事項については株主総会で議決権を行使することができません。後継者が自社株式を相続するときに、会社の経営権の獲得を狙って売渡請求を行う株主が現れる危険性があります。」と明記しています。
仮に、Aが生前にXに一部の株式を贈与していたとしても、その株式についても売渡請求を決議する株主総会では議決権を行使できないと解されますので、結論は変わりません。
この危険は、制度の創設当初から学説上指摘されてきたところであり、立法論として、一般承継人にも当該株主総会で議決権を行使させるべきであるとの提唱もされています(平野敦士「相続人等に対する株式の売渡しの請求の問題点」立命館経営学47巻5号93頁、中村信男・前掲早稲田商学438号283頁など)。
さらに、仮にクーデターが最終的に頓挫したとしても、会社の支配権に疑義が生じている状態では、従業員は誰の指示に従えばよいのか分からなくなり、取引先や金融機関への対応も滞ります。
Ⅵ もっとも、この危険が現実化する場面は限られること
以上のように、この制度には制度上の問題が含まれています。もっとも、上記のクーデターが実際に現実化する場面は、次の理由から、限られていると考えられます。
① 財源規制により、そもそも取得できない場合が多いこと
② 少数株主だけで特別決議の要件を満たせる株主構成であることが前提となること
③ 実際にクーデターが実行された裁判例は見当たらず、後継者の側も対抗できる可能性があること
① 財源規制により、そもそも取得できない場合が多いことについて、後継者が相続した株式は会社の支配権を左右する数の株式ですので、その買取代金は多額になります。会社は分配可能額を超えて自己株式を取得することができませんので(会社法461条1項5号)、分配可能額が買取代金に足りなければ、取得することができません。
しかも、裁判所が売買価格を決定する場合、事業承継が想定されるような会社であれば、支配株主にとっての価値を前提としたインカムアプローチ(DCF法、収益還元法など)による評価が売買価格の算定に用いられると考えられますので、買取価格はさらに高額となり、分配可能額を超える可能性が高くなります。
② 少数株主だけで特別決議の要件を満たせる株主構成であることが前提となることについて、【事例2】は、Bが100株を持ち、他の少数株主と合わせれば相手方の株式を除いた議決権の3分の2を確保できるという株主構成でした。しかし、少数株主の持株がより細かく分散している会社では、そもそも特別決議の要件を満たすことができません。また、少数株主の全員又は3分の2以上が結託することが前提となります。
③ 実際にクーデターが実行された裁判例は見当たらず、後継者の側も対抗できる可能性があることについて、この危険は制度が新設された当時から指摘されていましたが、現実にクーデターが実行され、その効力が争われた裁判例は、公表されているものの中には見当たりません。したがって、裁判所がどのように判断するかの見通しは不明確です。
裏を返せば、この制度の問題点については学説及び実務家から批判がされているところですので、仮にクーデターが企てられた場合には、後継者の側も、株主総会決議の取消しの訴えや仮処分の申立てなどによって対抗できる可能性があります。
そして、前記のとおり、中小企業庁自身が、事業承継対策の手法の一つとしてこの制度を紹介しています。したがって、定款にこの規定があること自体が直ちに危険であるということではありません。
自社の株主構成、議決権の比率、分配可能額、株価の評価を踏まえて、この制度が自社にとって少数株主対策として働くのか、それとも後継者にとってのリスクとなるのかを、相続が起きる前に検討しておくことになります。
①経営株主の持株比率が高くても、その株式を除けば少数株主だけで3分の2の議決権を確保できる株主構成であること、
②後継者と他の役員・少数株主との関係が良好とはいえないこと、
③分配可能額が後継者の株式の買取代金を上回ること、
という3つの事情が重なる会社では、【事例2】と同じ経過をたどる可能性があります。
逆に、これらの事情がない会社にとっては、この制度は、少数株主の相続による株式の分散を防ぐ手段となります。
以上を踏まえると、事業承継を想定している会社において、リスクを検討しないままこの制度を定款に導入することは避けるべきであり、既に定款に相続人等に対する売渡請求の規定が存在する場合にも、これを残しておいてよいのか、定款変更の特別決議を経て削除すべきかを、上記の観点から検討しておく必要があります。
Ⅶ クーデターの危険を避けるための代替策
それでは、少数株主の相続による株式の分散を防ぎながら、クーデターの危険を避けるためには、どうすればよいのでしょうか。次のような方法が考えられます。
① 経営株主を除く少数株主の株式のみを、会社が強制的に取得できる取得条項付株式(会社法108条1項6号)としておく方法
② 後継者に拒否権付株式(会社法108条1項8号。いわゆる黄金株)を保有させておく方法
③ 後継者以外の株式を議決権制限株式(会社法108条1項3号)としておく方法
また、相続人等に対する売渡請求の定款規定が既にある場合には、これと併せて、定款変更によりその規定を廃止しておくことになります。
このほか、遺言、生前贈与、株主間契約、信託などを組み合わせることが考えられます。さらに、後継者に自社株式を集中させたことによる遺留分の問題がある場合は、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)の遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)を利用することも検討する必要があります。
いずれにしても、これらの対策は、株主構成、取締役の構成、財務状況、株価の評価を踏まえて、どの方法が自社に適しているかを検討した上で選択する必要があります。
Ⅷ 特別支配株主の株式等売渡請求との違い
名前がよく似た制度に、特別支配株主の株式等売渡請求(会社法179条以下)があります。混同されやすいので、違いを整理しておきます。
① 要件
相続人等に対する売渡請求は、定款の定めと相続等の発生が要件です。これに対し、特別支配株主の株式等売渡請求は、総株主の議決権の10分の9以上を有していることが要件で、定款の定めは不要です。
② 決定機関
相続人等に対する売渡請求は株主総会の特別決議が必要ですが、特別支配株主の株式等売渡請求は対象会社の取締役会の承認で足り、株主総会の決議は不要です。
③ 取得する者
相続人等に対する売渡請求では会社が自己株式として取得しますので財源規制がありますが、特別支配株主の株式等売渡請求では特別支配株主が取得しますので、会社の財源規制は問題となりません。
少数株主を完全に整理する(スクイーズ・アウト)場面では、特別支配株主の株式等売渡請求が用いられます。
Ⅸ 相続人の側から見た留意点
最後に、売渡請求を受ける相続人の側から見た留意点にも触れておきます。
経営に関与していない相続人は、株式を相続しても配当や役員報酬を受けられないまま、相続税を課されます。会社に株式を買い取ってもらうことは、相続人にとって納税資金を確保する手段にもなります。
また、相続した非上場株式を発行会社に譲渡した場合の課税については、一定の期間内に譲渡したときはみなし配当としての課税を行わず譲渡所得として取り扱う特例や、相続税額を取得費に加算する特例など、相続に伴う譲渡について設けられた取扱いがあります(租税特別措置法9条の7、39条)。
もっとも、これらの特例には、適用できる期間や届出などの要件があり、株式の評価によって税額も変わりますので、売渡請求に応じるかどうかを判断される際には、税理士にご相談下さい。
なお、これらの税務上の期限は、上記の売渡請求の1年の期間制限とは別のものです。
相続人等に対する売渡請求は、少数株主の相続に対する対策であると同時に、使い方を誤れば、後継者が会社を失いかねない制度でもあります。会社が健全に相続(事業承継)されるためには、自社の定款にどのような規定が置かれているかを確認し、事前に会社の株式を正常な形にしておくことが必要です。このような場合は、会社法及び事業承継(相続)に、強い弁護士にご相談下さい。





