相続の放棄と相続分の放棄は、どう違うのでしょうか。
相続の放棄とは、相続開始後に相続人がする相続拒否の意思表示のことであり、相続分(相続において各相続人が有する遺産に対する分け前の割合又は数額のこと)の放棄とは、相続開始後に相続人がその相続分を放棄することです。

両者は、相続開始後に、相続又は相続分を放棄する点では、同じです。しかし、放棄できる期間、効果等において、下記のように違いがあります。

まず、相続の放棄は、相続があったことを知った時から3ヶ月以内(いわゆる熟慮期間)に裁判所で放棄の手続をしなければなりません。

これに対し、相続分の放棄は、相続開始後、遺産分割が完了するまでは、可能で、方式を問いません(遺産分割の調停実務においては、相続分の放棄を行う場合は、相続分放棄届出書兼相続分放棄書、日付を入れない即時抗告権放棄書に実印で捺印し、印鑑証明書を添付して家庭裁判所に提出することになります。)。

また、相続の放棄を行った者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。したがって、被相続人の遺産の全て(資産のみではなく、負債についても)を相続しないことになります。

これに対し、相続分の放棄を行った者は、自己の相続分を放棄することになり、資産としての遺産を相続しないことになります。このため、相続分の放棄により他の相続人の相続分が変動することになります。しかし、注意しなければならないのは、相続人としての地位を失うことはなく、相続債務の負担は免れないことです。

このような両者の性質の差から、相続の放棄は、もっぱら被相続人が債務超過の場合にその債務を相続することを防ぐために行われ相続分の放棄は、遺産があるが、相続人が多数いる場合に、遺産分割の煩瑣を免れたい相続人の希望を叶え、他の相続人における遺産分割を簡便化させるために行われます。

このHPでも、「主たる相続人がいる場合の相続人多数の事案の対応」の記事で、相続分の放棄等を利用する場合について、説明させていただきました。

前記のとおり、相続の放棄が行われた場合の相続分は、初めからその相続人がいないものとして、計算されます。

例えば、父A、母B、子供C、D、Eの5人家族がいたとします。父Aが亡くなった場合のB、C、D、Eの相続分は、母Bは1/2で、C、D、Eの3人は、各1/6となります。

ここで、Eが相続の放棄を行った場合、Eは、初めからいなかったとされますので、父Aが亡くなった場合の相続分は、母Bは1/2のままですが、C、Dの2人は、各1/4となります。

では、同じ例で、相続分の放棄の場合はどうなるでしょうか。

相続分の放棄の場合の他の相続人の相続分の異動については、遺産に対する共有持分権を放棄する意思表示と解し、相続分放棄者の相続分が、他の相続人に相続分の割合に応じて帰属するとする考え方と相続放棄と同様、その相続人は最初から相続人にならなかったと解する考え方があります。

調停実務としては、基本的には、前者の他の相続人の相続分の異動については、遺産に対する共有持分権を放棄する意思表示と解し、相続分放棄者の相続分は、他の相続人に相続分の割合に応じて帰属するとする考え方が取られています。

この考え方に従うと、前記の設例の場合、父親Aがなくなった場合の相続分は、母Bは、1/2、子C、D、Eは各1/6(1/2×1/3)です。ここで、Eが相続分の放棄を行った場合、Eの相続分である1/6は、残された相続人の相続分の割合に応じて、他の相続人に帰属することになります。

具体的な計算方法は以下のとおりです。

Ⅰ 残りの各相続人の相続分の比率の算出

BとC及びDとの相続分の比は、
1/2:1/6:1/6=3/6:1/6:1/6=3:1:1
となります。

Ⅱ 残りの各相続人の相続分の割合の算出
BとC及びDの相続分の割合は
B=3/(3+1+1)=3/5
C及びD=各1/(3+1+1)=各1/5
となります。

Ⅲ 相続分を放棄したEの相続分(1/6)を、B~Dの相続分の割合で配分し、元の相続分に加える。
B=(1/6×3/5)+1/2(元の相続分)=1/30+5/30
=3/5

C及びD=各(1/6×1/5)+1/6=各1/30+5/30=各6/30
=各1/5
(ⅠとⅡは、同じ数値になります。)

Ⅳ 残りの相続人の相続分の合計が1に成るように補正する。

残りの相続人の相続分の合計
=B+C+D=1/2+1/6+1/6=3/6+1/6+1/6
=5/6

5/6×X=1
X=6/5

Ⅲで算出された残りの各相続人の相続分に、残りの相続人の相続分の逆数(ある数(この場合は、残りの相続人の相続分の合計)にかけ算した結果が1になる数のこと)である6/5を掛けると、残りの相続人の各相続分が算出されることになる。

B=1/2×6/5=18/30=3/5
C=1/6×6/5=6/30 =1/5
C=1/6×6/5=6/30 =1/5

以上のような、計算で、相続分の放棄がされた場合の相続分の放棄をしなかった相続人各自の相続分が算出されることになります。

相続分の放棄が行われる遺産分割は、兄弟姉妹(さらにその代襲相続者等)の相続等で、多数の相続人がいる場合です。

このHPでも、「主たる相続人がいる場合の相続人多数の事案の対応」の記事で、相続分の放棄等を利用する場合について、説明させていただきました。

このような遺産分割は、普通の方が行うのは困難ですので、まずは、相続に強い弁護士に相談されることをお勧めします。