先日、母が亡くなりました。
父も、10年前に亡くなっており、父の遺産分割協議は既に合意しています。
母の相続人は、私を次男とする男ばかりの三人兄弟だけです。
そうしたところ、兄より、父の不動産の相続登記のため必要だからと「私は、母から既に十分な贈与を受けており、今回の相続に際しては、相続分はありません」と書かれた書面が送られてきました。
日付と住所、氏名を記載し、実印で捺印して、印鑑証明書を添付して、送り返してくれということでした。
しかし、私は母から特に贈与等受けたことはありません。
弟に聞くと、既にハンを押して兄に送ったようです。
この書類に署名・捺印するとどうなるのでしょうか。
この書類に署名・捺印をして、印鑑証明書を同封して返送すると、貴方は、少なくとも、お父様から不動産を相続することはできなくなります

この書類は、「相続分のない旨の証明書」とか「特別受益証明書」などと呼ばれています。

民法903条2項は、「遺贈又は贈与(注:特別利益)の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。」としています。
そこで、他の相続人(本件の場合は兄)が「相続分のない旨の証明書」を印鑑証明書等と一緒に法務局に申立をすれば、遺産である土地・建物に相続に基づく兄への移転登記ができます(昭和31年3月23日付民事甲614号民事局長電報回答)。

このような登記実務があり、また、相続放棄の申述手続に手間等がかかることから、相続放棄や遺産分割協議書などではなく、この書面が特定の相続人に相続財産を取得させるいわば便法として、使用されています

しかし、本件のように超過した特別受益がない場合にあると記載した場合、後日その効力に関して問題が生じ、改めて遺産分割の請求が行われることもあります。

裁判例は分かれていますが、相続分の譲渡、放棄、贈与があったとした裁判例や、仮に証明書どおりの生前贈与がなくとも、相続人間に全遺産を一相続人の単独所有とする旨の意思の合致がある以上実質的な遺産分割協議の成立があったとする裁判例など、どちらかというと有効とする裁判例が多いようです

しかし、この証明書を作成する目的は、あくまでも、遺産である土地・建物などの登記をすることですので、他に現金、預金、有価証券など不動産以外の遺産がある場合は、これらについては、遺産分割が必要になります。この書面の効力に争いがある場合、こちらの分割の争いも激化することになります。

また、相続放棄と異なり、この書面では、被相続人の債務の相続の効力はありませんので、借金がある場合、債権者から、分割相続した債務の返済を請求されることも考えられます

さらに、この書面を作成するについて、例えば、長男が親の面倒を見るとかの約束があったとしても、書面が残っていない場合は、履行を請求することは難しいです。

加えて、この書面の作成を拒む相続人がいる場合は、結局、また、遺産分割協議・調停を行わなければならず、その場合は、証明書を作成した相続人も改めて当事者として参加する必要があります。

このようにこの書面の作成は、いろいろな問題を生じることが考えられますので、署名・捺印に迷った場合は、弁護士に相談することをお勧めします